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アリューシャンへ

1942年5月11日、約一ヶ月の休養と修理を終えた伊25潜は再び横須賀を出向した。今回の任務ではミッドウェイ作戦に合わせて、アリューシャン列島沿いにアラスカ方面へ向かう。目的はミッドウェー作戦の陽動として行われたアリューシャン列島のダッチハーバー奇襲の支援、事前偵察。
5月27日未明、伊25潜から発進した藤田飛曹長等の小型水偵はアラスカのコジャック基地を上空から偵察、角田覚治中将率いる第二機動部隊(空母「隼鷹」「龍驤」)に貴重な情報を提供した。
この偵察は特に重要視されていたため、伊25とともに伊26が同行し、伊26は飛行機格納筒を空にして伊25に万が一の事故が発生した場合でも、無事偵察機を揚収できるようにバックアップ体制を整えていた。

おかげで6月4日、5日のダッチハーバー空襲は成功。ただし、攻撃に向かった零戦のうち一機が敵地に不時着。零戦はついに、ほぼ完全な状態で敵の手にわたってしまった。その後その零戦はアメリカに運ばれ、対零戦の研究がなされたことは言うまでもない。ダッチハーバー空襲は、戦果よりも、この戦いで零戦が敵の手に渡ったことのほうが有名になってしまった。 ところでこのタッチハーバー空襲が陽動作戦である事は事前に敵に漏れていた可能性が高い。
またダッチハーバー空襲が成功したにもかかわらず、主戦場のミッドウェイでは日本側が「赤城」「加賀」「蒼竜」、飛竜」の大型中型空母4隻を失う大敗を喫した。


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