brothers Kity Hawk 1900 top

construction前年1901年のキティホークにて行われたグライダー実験とデイトンでの風洞実験から得られた詳細なデータと、ライト兄弟独自の分析と理論によって新たなグライダーが設計された。当時、飛行するための秘密を知っているのはライト兄弟だけだった。1902年のグライダーは以前に比較して飛躍的な発展を遂げていた。8月25日デイトンを出発した二人の顔は自信に満ちあふれていたことだろう。

8月28日、ライト兄弟はキティホークに着くとまず小屋の掃除と拡張工事を行った。グライダーを製作格納する場所の他に、キッチンとリビングを追加し、屋根裏に寝床も作った。これで窮屈なテント暮らしから解放された。飲料水の確保のため井戸も掘って長期滞在に万全を期した。そして新グライダーの組み立てが始まるのは9月8日からである。

9月10日に2枚の主翼のひとつである上翼が完成する。主翼1枚の状態で凧のようにワイヤーで引いて風速と迎え角のテストを行った。風速5メートルで10度、6メートルで8度・・・期待通りだった。

13日には下の主翼が完成。

15日、1901年のグライダーから古い支柱を取りはずしてこれを流用し、新しい2枚の主翼を複葉になるように組み立てる。その翌日、複葉になった主翼だけでまたワイヤーを繋いで主翼の効果テスト。

17日、前翼製作開始。

18日、前翼完成、撓み翼装置完成、尾翼製作開始。グライダーの組み立ては順調に進んだ。テストをしながら組み立てるプロセスからもライト兄弟のエンジニアらしい慎重さが伺える。

1902glider19日には組み立てが全て終了しより洗練された新型グライダーが出現した。地元のダン・テイト(ビル・テイトの弟)の協力を得てまずグライダーを凧式にテスト。ワイヤーで繋がれたグライダーは北風を受けて上昇をはじめ、翼端から延びるワイヤーを持つダン・テイトとウィルバーのほぼ頭上で空中に静止した。つまり抗力が非常に小さく、揚力が大きいと言うことである。ライトの計算が正しいことを証明していた。約7度の降下角度で滑空するだろう。兄弟は確信を新たにした。

9月20日、いよいよ滑空テストが始まる。撓み翼は腰の動きによってコントロールされるようになっていた。腰を動かすと腰を乗せたクレイドルから左右の翼端に延びるワイヤが左右の翼端を捻るように動いた。滑空テストは良好だった。グライダーは向かい風を捕らえてキティホークの空を舞った。しかし撓み翼と前方の昇降舵を同時にコントロールして、空中での姿勢を出来る限り水平に維持する事は容易ではなかった。また垂直尾翼を追加したにもかかわらず、撓み翼の操作だけで直線飛行を維持することは出来なかった。垂直尾翼だけでは横滑りを押さえられなかった。やがてグライダーは無理な着地で破損してしまった。

9月30日、次男のローリン・ライトがちょっとした観光旅行気分で実験場所を訪れた。弟たちが何をやっているのか、キティホークとはどんなところだろうか。興味津々で訪れた事だろう。ローリンはあたりを探索したり釣りをしたりしてバケーションを楽しんでいた。たぶんグライダーの実験も手伝っていただろうが、記録にはない。
その後、オクターブ・シャヌートの門下生スプラット氏が来訪。10月5日にはシャヌートとオーガスタス・ヘリング氏が自分たちのグライダー実験のためキティホークを訪れ、キャンプはにわかに賑やかになった。

10月4日、空中での姿勢制御のため垂直尾翼を左右に振ることを発案した。すなわち方向舵(ラダー)の誕生である。ライト兄弟はすぐに尾翼を動かすための改良作業にとりかかった。作業簡略のため2枚あった垂直尾翼は1枚になった。またその尾翼は撓み翼コントロールと連動して動くようになっていた。作業は10月6日に完了した。

10月8日から飛行テストが再開された。テストは良好。パイロットの操縦によってグライダーは多少の横風を受けても姿勢を維持し、飛行距離を伸ばして行った。

10月23日、兄ウィルバーの操縦で滞空時間26秒、滑空距離189.7メートルを記録した。揚力は充分。グライダーは空中にて完全に3軸コントロールされ、旋回もこなしていた。この時点でライト兄弟は世界の頂点に立っていたのである。

10月28日、キャンプを去る。
1902glider 1902glider
1902年10月10日、2人に支えられてオービルが飛び立つ瞬間。動く尾翼を付けたグライダーのテスト。
1902年10月24日、ウィルバーの飛翔。
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